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仙台高等裁判所 昭和30年(ナ)3号 判決

原告 佐々木定男

被告 宮城県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「昭和三十年三月二十七日施行された宮城県玉造郡岩出山町議会議員当選の効力に関する原告の訴願につき被告が同年五月二十六日なした訴願棄却の裁決を取消す、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求原因として、原告は昭和三十年三月二十七日施行された宮城県玉造郡岩出山町議会議員選挙に立候補し訴外佐々木円司と同数(百六十一票)の得票により抽せんの結果同日当選の告知を受けた者である。然るに右佐々木円司から同月二十八日岩出山町選挙管理委員会に対し前記選挙の投票中「佐々木イ」と記載された票は自己に対する投票として有効か否か確認を求める旨の申立が為され、同年四月一日右選挙管理委員会は右票を佐々木円司に対する有効投票と決したので原告は同年四月十四日被告選挙管理委員会に対し右決定の取消を求める旨の訴願をしたが五月二十六日被告選挙管理委員会は訴願を棄却し原告の当選を無効とする旨の裁決をした。然しながら右裁決は以下に述べる理由により違法である。即ち、

(1)  前記佐々木円司の申立は前記「佐々木イ」と記載された票が有効なりや否の確認を求める申立で、当選の効力を争う異議の申立でないのに拘らず被告委員会はこれを当選の効力を争う異議として処理した。

(2)  前記岩出山町選挙管理委員会の決定書には選挙管理委員会委員並に決定書の記載者の署名押印を欠き、又選挙長は「佐々木イ」なる票を無効投票としたのにこれに対する反駁理由が記載されていない違法があるに拘らず被告委員会の裁決はこれを看過した。

(3)  前記「佐々木イ」と記載された票の「」は候補者の氏名を表示する文字とは認められず無意義の点画ともいうべきものであるから候補者の氏名記載としてはもとより進んで他事記載として無効と判断さるべきであるに拘らず被告委員会の裁決はこれを有効とした。

(4)  仮に右投票を「佐々木イス」と記載されたものと認めるとしても候補者佐々木円司の通称は「エンサン」のみであつて「イス」なる記載が同人の通称「エンサン」を表示したものと認めることは出来ない。

(5)  なお前記選挙において佐々木円司の有効投票中に二票、原告の有効投票中に一票の管理委員会の押印のない用紙で為された各無効投票が存在することが判明したのでこれらを各自の得票数から控除するときは仮に前記「佐々木イス」の票が佐々木円司に対する有効投票であるとしてもこれにより原告と佐々木円司とは同点となるから前記抽せんの効力は維持せられ原告が当選者なることに異動がないものというべきである。

以上の次第で被告のした前記裁決は違法であるからこれが取消を求めるため本訴に及んだと述べた。

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張事実中原告が昭和三十年三月二十七日施行の宮城県玉造郡岩出山町議会議員選挙に立候補し一旦当選の告知を受けたこと、訴外佐々木円司の申立により右同町選挙管理委員会が原告主張の如く右訴外人を当選者と決しこれに対し原告より被告委員会に訴願を申立てた処同委員会がこれを棄却する旨の裁決をしたことは認めるが、被告委員会の右裁決が違法であるとなす原告の主張はすべてその理由がない。

よつて以下請求原因事実に掲げた番号順に反駁を加える。

(1)について。

前記選挙の開票結果、候補者たる原告と訴外佐々木円司とは各一六一・五票の同数得票であつたので抽せんの結果原告が一旦当選者と決定したが、右佐々木円司より岩出山町選挙管理委員会に対し異議申立期間内たる昭和三十年三月二十八日「投票中『佐々木イス』と記載あるものを無効とされたと聞及ぶが右は佐々木円司に対する投票と認められるから調査されたい」旨の申立があり、右は当該投票の効力如何により当落を左右するものであるから明かに当選の効力を争う異議申立として取扱うべきであり、従つてこれと同一見解に出でた右町選挙管理委員会の処置は正当である。

(2)について。

右同町選挙管理委員会は右佐々木円司の申立を審議するに当り委員会を適法に招集し決定書には同委員会を代表する委員長の名において職印を押捺しこれを本人に交付しその要領を告示したのであるからその決定は適法に効力を生じたのである。決定書に同委員会の責任者の署名捺印を欠くことはこれを無効とする理由にはならず、又決定の理由において用語の不充分なること並びに表現の適切でない点があるとしてもかような事由が右決定を無効たらしむべき法律上の根拠はない。

(3)、(4)について。

右選挙における立候補者は原告佐々木定男、佐々木円司の他高橋利吉、笠原校一、奥山末治、千葉好造、尾形彦衛、氏家賢治、今野権治、千葉慶美及び加藤昌雄を加えた十一名で佐々木の姓を有するものは二人であつた。

そこで「佐々木イ」と記載された投票は右二人のうちの何れに対して投票されたものであるか考えてみると「」なる記載は「ス」と読むを妥当とし「ス」以外の他事記載と見るべきでなく結局「佐々木イス」と表示されたものとみられる。

ところで佐々木円司は部落内において「エンシ」を訛つて俗に「エンス」さん、「エン」さん等と呼ばれ又「エス」と呼ばれることもある。而してこれを文字に書く場合同地方では「エ」を「イ」、又「シ」を「ス」と書き仮名の使い分が明確でないのが実情である。従つてかかる実情からすれば「佐々木イス」は「佐々木円司」を指したものと見るのが妥当である。

元来投票の効力を決定するに当つては選挙人が何れの候補者に投票する意思を存したかが判定できれば必ずしも正確な記載でなくてもこれを無効としたり又他事記載としたりすべきではないのであるから「佐々木イス」を「佐々木円司」に対する有効投票と判断した前記町委員会の決定は正当というべきである。

(5)について。

原告主張の四票の投票用紙に前記町委員会の印が押捺されていないことはこれを認めるが、斯かる投票用紙を交付したことは選挙法規に違反するけれどもそれが選挙事務従事者の単なる過失であり且つ他より持込んだものではないからかような用紙により行つた投票を無効とすることはできない。

以上の次第で原告の請求は理由がない、と述べた。

(立証省略)

理由

原告が昭和三十年三月二十七日施行された宮城県玉造郡岩出山町議会議員選挙に立候補した者であること、右選挙において原告と訴外佐々木円司とは得票同数のため抽せんの結果一旦原告が当選者と告知されたこと、右佐々木円司の申立により岩出山町選挙管理委員会は「佐々木イ」と記載した投票(甲第三号証)を佐々木円司に対する有効投票と決定したこと、これに対し原告より同年四月十四日被告委員会に訴願したが同委員会は右訴願を棄却し原告の当選を無効とする旨の裁決をしたこと、以上の各事実は当事者間に争がない。

よつて原告の右裁決を違法なりとする主張について順次判断を加える。

(1)について。

成立の争のない乙第一号証に依れば訴外佐々木円司は昭和三十年三月二十八日「岩出山町選挙管理委員長」宛に無効投票「佐々木イス」は佐々木円司に対する投票と認められるから調査されたい旨の申立をしていることが認められ、右申立書には明らかに「異議申立書」と記載されているばかりでなく、同訴外人が原告と同数の得票者であつたことは当事者間に争のないところであるから斯様な事情の下において為された右申立は正に当選の効力を争う趣旨のものであると認めるのが相当であり、従つてこれと同趣旨の見解にいでた右町選挙管理委員会並びに同委員会の決定を是認した被告管理委員会の裁決にはなんらの違法もない。

(2)について。

成立に争のない甲第四号証、当審証人坪田忠市郎、鈴木隆男、武藤浩策、中川定雄の各証言を総合すれば訴外佐々木円司の前記異議申立に対し岩出山町選挙管理委員会はこれが審議のため会議を開き、前記決定と同旨の決議をした上該決議に基く決定書を作成したこと、右決定書に各委員の署名捺印を欠き又委員長が自ら署名捺印をしなかつたことは認められるが委員長は決定原議に認印を押し一部字句を訂正した上委員会書記をして決定書原本の作成を為さしめたものであること同書記は委員長名下に委員長の職印を押捺してこれを保管していたことを認め得るのであるから右決定書は結局委員長がその資格において作成したものにほかならず、又右決定書に各委員の署名捺印を欠き委員長の反対意見に対する反駁理由を記載しないからといつて斯かる事由はなんら右決定書の効力に消長を来すものではない。

(3)、(4)について。

成立に争のない甲第三号証によれば原告主張の「佐々木イ」なる記載のある投票の「」の文字は「ス」の上部に点がついているよう(「」)であるがその点は極めて微小のもので「ネ」と記載されたものではなく明かに「ス」と記載されたものと認められる。しかも「ス」の上部にある点は故意に他事を記載したものとは認められないから結局右記載は「イス」と書かれたものと認めるを相当とする。

而して成立に争のない乙第三乃至七号証によれば訴外佐々木円司の通称は「エンス」、「エス」等であり、「エ」を「イ」、「シ」を「ス」と発音し或いは文字に書くことが岩出山町地方の言語風習であることは当裁判所に顕著な事実であるから「佐々木イス」を「佐々木円司」に対する有効投票と判断した原裁決も強ち不当とは云い得ない。

(5)について。

原告主張の岩出山町選挙管理委員会の印の押捺されていない投票用紙によつて為された四票のあることは被告の認めるところである。

証人鈴木隆男の証言によれば右押捺洩れは選挙事務従事者の単なる過失によるもので委員会が投票区に交付した投票用紙であることには相違なくその交付した総枚数は投票に使用されたもの(右四票を含む)と未使用として返還された枚数との合計に一致することが認められ不正に混入したものとは到底認められないから結局右四票は成規の用紙を用いたものとなすに支障なく、右押印洩れの違法は投票の効力に影響するところはないものと云うべきである。

以上の次第で原告の主張はいずれもその理由がないから被告委員会が原告の訴願を棄却する裁決をしたのは正当であつてこれが取消を求める原告の本訴請求は失当なるものとして棄却を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 板垣市太郎 檀崎喜作 沼尻芳孝)

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